<前期> 哲学の授業
哲学の授業
山口尚教授の授業です。
前期授業全体のテーマは「自由意志」です。
第1回:イントロダクション
①哲学とは何か?
②自由意志の哲学の関心
③自由意志の哲学と人間の生活
授業の最後:理解度チェックシート
第2回:デカルトと意思の絶対的自由(前半)
①「自分の頭で」哲学に取り組むこと
②物体とは区別された精神としての私
③<身体から切り離された私>という捉え方の重要性
授業の最後:理解度チェックシート
参考図書:方法序説
第3回:デカルトと意思の絶対的自由(後半)
④精神の働き-「認知」と「意欲」
⑤デカルトにおける意思の「絶対的自由」
⑥人間の意思の絶対的自由とはどのようなものか
授業の最後:理解度チェックシートを書く
第4回:ホッブスと<外的障碍の不在>(前半)
①人間を物質の領域のうちに起き入れること
②ホッブスによる<生命>と<思考>の捉え方
授業の最後:理解度チェックシート
第5回:ホッブスと<外的障碍の不在>(後半)
③「意志的」とは何か-運動の2種
④ホッブスの「意志」の捉え方の特徴
⑤<外的障碍の不在>としての自由
授業の最後:理解度チェックシート
ホッブズを先週と今週2回に渡って教えて頂きました。
以前にも書きましたが、今回の哲学の授業は各哲学者による「自由意志」がテーマになっています。
ですので、前回のデカルトと今回のホッブズの「自由意志」についての対比を、返すがえす図で教えて下さいます。で、ようやく解るのですが、とてもこのような難しい事は、具体例を聞かないと理解できません。(すぐに解る人もいるんだろうなぁ)
とは言え、YouTubeを見てもサイトで探しても…はたまた今急上昇のチャットGPTにおいても、デカルトとホッブズの「自由意志」の思考の違いという点を一挙に知る事はできません。
教授に習う、教授の話を聞く。という事がこれほど解りやすい事には毎回感動です。
第6回:スピノザの自由意志否定論(前半)
①「私たちは自由意志をもつ」という命題を否定すること
②スピノザの「質全主義」
③自由意志の否定
授業の最後:理解度チェックシート
ホッブズが終わり、今日からスピノザの講座になりました。
前期の哲学の授業では、それぞれの哲学者が「自由意志」をどう説明してきたか?という点について教えてもらいます。
デカルトが終わり、ホッブズが終わり、スピノザ…とだんだん増えていくにつれ、記憶が曖昧になりこんがらがってしまいます。
これがデカルトとお茶を飲み、ホッブズとランチをして、スピノザと公園でおしゃべりをするとそれぞれの考えが頭に定着して、ねぇねぇホッブズさんデカルトさんが自由意志をこう言ってたよ。どう思う?と質問すれば、
いや、それ違うよ!と言われ、どの部分で違うと言っているかが頭にちゃんと入るはずです。しかし紙の上で、ある人物の考えを知ろうと思っても、頭にとどめる努力をしているはものの、そうなんです。増えれば増える程、なんだったっけ?あの人なんて言ってたっけ?という状態になってしまうものです。
スピノザが終わってもまだまだ、人物(哲学者)は増えます。
皆と上手くお友だちになれれば良いのですが。。。
あ~もう少し頭が良ければなぁ~。
④精神の働き-「認知」と「意欲」
⑤デカルトにおける意思の「絶対的自由」
⑥人間の意思の絶対的自由とはどのようなものか
授業の最後:理解度チェックシートを書く
第4回:ホッブスと<外的障碍の不在>(前半)
①人間を物質の領域のうちに起き入れること
②ホッブスによる<生命>と<思考>の捉え方
授業の最後:理解度チェックシート
第5回:ホッブスと<外的障碍の不在>(後半)
③「意志的」とは何か-運動の2種
④ホッブスの「意志」の捉え方の特徴
⑤<外的障碍の不在>としての自由
授業の最後:理解度チェックシート
ホッブズを先週と今週2回に渡って教えて頂きました。
以前にも書きましたが、今回の哲学の授業は各哲学者による「自由意志」がテーマになっています。
ですので、前回のデカルトと今回のホッブズの「自由意志」についての対比を、返すがえす図で教えて下さいます。で、ようやく解るのですが、とてもこのような難しい事は、具体例を聞かないと理解できません。(すぐに解る人もいるんだろうなぁ)
とは言え、YouTubeを見てもサイトで探しても…はたまた今急上昇のチャットGPTにおいても、デカルトとホッブズの「自由意志」の思考の違いという点を一挙に知る事はできません。
教授に習う、教授の話を聞く。という事がこれほど解りやすい事には毎回感動です。
第6回:スピノザの自由意志否定論(前半)
①「私たちは自由意志をもつ」という命題を否定すること
②スピノザの「質全主義」
③自由意志の否定
授業の最後:理解度チェックシート
ホッブズが終わり、今日からスピノザの講座になりました。
前期の哲学の授業では、それぞれの哲学者が「自由意志」をどう説明してきたか?という点について教えてもらいます。
デカルトが終わり、ホッブズが終わり、スピノザ…とだんだん増えていくにつれ、記憶が曖昧になりこんがらがってしまいます。
これがデカルトとお茶を飲み、ホッブズとランチをして、スピノザと公園でおしゃべりをするとそれぞれの考えが頭に定着して、ねぇねぇホッブズさんデカルトさんが自由意志をこう言ってたよ。どう思う?と質問すれば、
いや、それ違うよ!と言われ、どの部分で違うと言っているかが頭にちゃんと入るはずです。しかし紙の上で、ある人物の考えを知ろうと思っても、頭にとどめる努力をしているはものの、そうなんです。増えれば増える程、なんだったっけ?あの人なんて言ってたっけ?という状態になってしまうものです。
スピノザが終わってもまだまだ、人物(哲学者)は増えます。
皆と上手くお友だちになれれば良いのですが。。。
あ~もう少し頭が良ければなぁ~。
第7回:スピノザの自由意志否定論(中半)
④自由意志否定論の課題
⑤自由意志否定論の利点
授業の最後:理解度チェックシート
「自由意志」とは、一般に誰からも強制されることなく自分でやる事を選べる意志の事をいいますが、歴代の哲学者の多くはこの「自由意志」について、あーでもないこーでもないと考え、1世紀も前に解いたある哲学者の文献を読んでは、いや私はそう思わない。と批判してきました。
ここで言う批判は、一般に人に対して批判的な態度を取る。というわたくし達の生活の中の批判では無く、哲学の中で言われる批判です。彼と違う考え、彼の矛盾を問うてみる。という感じでしょうか?
私たちの生きる世界は、意思なんてものはほぼ「自由」です。
しかし、哲学者の言葉を聞き掘り下げてみると、「ありゃま!わたしたちってコレ自由なの?自由に意志を貫いているの?」という疑問が出て来ます。
それがまた、デカルトの言い分を聞いたら「ん~なるほどね~」
ホッブスの言い分を聞いたら「それも言えるはね~」、そしてスピノザの言い分では「貴方優しいわね~自由意志が無い事が人間の幸せだって言うのね。それは気が楽だわ~」とどんどん考えを変えられて、一体わたくしが思う「自由意志」って?となります。
半年の授業の最後に、テーマである「自由意志」についてレポートを書かなければいけませんが、こんなフラフラしていて書けるでしょうか?
心配な毎日です。
書けなくても卒業できるのだけが幸いです。
第8回:スピノザの自由意志否定論(後半)
⑥自由意志否定論の「奇妙さ」
授業の最後:理解度チェックシート
第8回:ライプニッツにおける「正義」の自由意志論(前半)
①「調和」の哲学者ライプニッツ
②スピノザの問題点
授業の最後:理解度チェックシート
哲学の授業をして下さる山口尚教授は、毎回、前回の復習から授業をして下さるので、非常に親切で丁寧です。
それなのに、どんどんこんがらがって行くのは何故でしょうか?
哲学者さんが難しい○○論を次々に出しているので、とても覚えきれるものでも理解できるものでも無いのが悔しい思いです。
これらの勉強の最期にどれだけ哲学のなにがしか…が残っているのか、出来るだけ残したいので何度もテキストを読み返しています。
第9回:ライプニッツにおける「正義」の自由意志論(後半)
③ホッブスの問題点
授業の最後:理解度チェックシート
デカルト 1596~1650年
ホッブス 1588~1679年
スピノザ 1632~1716年
ライプニッツ 1646~1716年

今年の4月から哲学を選択して山口尚先生の下、近代哲学の幕開けからの授業を受けています。
近代哲学の有名どころの哲学者デカルト、ホッブズ、スピノザを習い、先週からライプニッツに入った訳ですが、デカルト、ホッブズ、スピノザ様々な思想の書物を残したその後の時代にライプニッツが3者を斬る!という形です。
いわゆる後出ジャイケンのようなやり方ですが、哲学は往々にして前者の批判が当たり前なので、人が変わるたびにその人の思想を真摯に知る必要があります。
ライプニッツ、あんたなんやねん!批判ばっかり。と思いきや、次に登場のカントにグサッとやられてしまうらしいです。
思想は時代と共に進化するのでしょう。
とは言え、このライプニッツまではよう出て来ます…、あのほら…あの方…そう「神」。
「神」が出てきたらなんかしらしっかり聞いていた思想もクシャとなってしまいます。
のんびり受けていた哲学の授業も最後にレポート提出があるので、心なしか落ち着かない気がしてきました。
第10回:ライプニッツにおける「正義」の自由意志論(後半)
④モナド的精神の世界
⑤神の存在
⑥神と正義と自由
授業の最後:理解度チェックシート
「自由」と言うもの(事)に対して、自分の力で何とかしたいと誰しも思うのだけれど、その意志に限界を感じて自分を超えたもっと大きなものに身をゆだねる。これが宗教的自由とされる事で、そんなこんなでよろず色んな神(宗教)に入信する方が多いのだな。と思う。
第11回:カントの「メタ的総合」(前半)
①カント的総合(人物紹介)
②カントにおける「認識」
授業の最後:理解度チェックシート
主に、デカルト.ホッブズ.スピノザを批判したライプニッツをカントが批判する。
そのあたりの各自による「自由の捉え方」を学ぶ。
第12回:カントの「メタ的総合」(中半)
③理性と自由意志
④自由意志のアンチノミー
授業の最後:理解度チェックシート
アンチノミーとは、二律背反(にりつはいはん)と訳される。
意味:互いに矛盾しあうふたつの命題の間で判定不能におちいること
第13回:カントの「メタ的総合」(後半)
⑤道徳法則と自由意志
授業の最後:理解度チェックシート
第13回:ヴァン・インワーゲンの帰結論証
①イントロダクション
②主要概念の整理
授業の最後:理解度チェックシート
哲学の授業もあと数えるほどになり、これまでの近代哲学から今日は現代哲学が授業に出る。現代いなると「神」が出て来ないので、私たち日本人にも理解しやすい。
第14回:ヴァン・インワーゲンの帰結論証
③決定論と非決定論
④帰結論証
⑤非決定論下でも自由は無い
授業の最後:理解度チェックシート
リカレント教育の哲学を担当されている山口尚先生の授業も来週で最終となる。
デカルト、ホッブズ、スピノザ、批判として出て来たライプニッズ、そしてまとめてそれらの方々をまとめる形で批判もあるが、いよいよカントが出てきて、話がだんだん現代に近づくほど、解りやすくなるものの、聞いては頭から消え聞いては頭から消え、せっかくの授業をこんなに忘れてはあまりにももったいない気持ちで一杯だ。
とは言え、現代になりヴァン・インワーゲンの話になってからグッと内容が入ってくるようになった。
「哲学」ってなんだろう?知ってみたい。と思う方は是非、山口先生の講義を聞いてみて欲しい。本当に砕いて教えて下さって、哲学者をもっと知りたくなる。
とは言え、そうか!と哲学者の本を読もうなどをうかつに手に取ると大やけどを食らう。
哲学者が書いた本はかなり難しい。いえいえもちろん天才君達は是非手に取って頂きたいのですが、大抵はぎゃふんと言わされる。お金をどぶに捨てるようなものだと思う。
何度か、「やさしい哲学」を手にとっては、とても理解できたとは言えないお粗末な結果だ。
それに比べて要点だけ、大切な部分をさらに砕いて教えて頂けるというこういう機会に出会えた事に感謝している。
あとは、レポートが書けるかどうかが気になるだけだ。
第15回:ヴァン・インワーゲンの帰結論証
⑥<選択>の可能性?
⑦神秘主義
授業の最後:理解度チェックシート
期末レポートの要項について
今日で前期の授業が全て終わった。何だか寂しい気持ちと、来週からは朝早く起きなくても済むので嬉しい。という気持ちがある。毎週 授業の後に楽しんだお茶タイムもしばらくお休みとなるとそれも寂しい。
わたくしが受けた、この哲学の授業は月曜日の1時限目。
もうひとつの倫理学は火曜日の1時眼目。という事で、どちらも6時半起床で乗り切って来た。やれやれである。
選ぶ授業が違う方は、2時限目だったり5時限目だったり。
5時限目のみと言う方もいて、16:20に始まり、17:50に終わる。
ベストは2時限3時限とあり、お茶タイムをして帰るが良いけれど、そんなに都合よく授業は無い。
後期は前期とガラッと変わるので、また新しいスケジュールになる。そして前期に仲良くなった方々とも会えなくなることもある。それを思うと寂しいけれど、興味のない授業を受ける気にもなれないので、ひとりひとりバラバラだ。
今日は、哲学の期末レポートについて詳しく山口先生から説明がある。
山口先生はとてもやさしい方だとつくづく思う。
とにもかくにも学生の気になる所はレポートで良い点を取る事だろう。
わたくしは良い点など取ろうとも思わないが、とにかく何かを書いて出さなくてはならない。良い点で無くても良いが、半年先生に丁寧に教えて頂いたのに、てれんぱれんなレポートを提出するのは失礼にあたる。
期末レポートに関して、どのようなレポートを作成すべきか非常に詳しく教えて下さっていたずらに難しいレポートを要求して、ちゃんと授業を受けたかどうかを選別しようなどとは思っていらっしゃらない。それがちゃんと伝わってくる。
先生に半年間のお礼を込めて、しっかりとレポートを書きたいと思う。
ライプニッツ 1646~1716年

今年の4月から哲学を選択して山口尚先生の下、近代哲学の幕開けからの授業を受けています。
近代哲学の有名どころの哲学者デカルト、ホッブズ、スピノザを習い、先週からライプニッツに入った訳ですが、デカルト、ホッブズ、スピノザ様々な思想の書物を残したその後の時代にライプニッツが3者を斬る!という形です。
いわゆる後出ジャイケンのようなやり方ですが、哲学は往々にして前者の批判が当たり前なので、人が変わるたびにその人の思想を真摯に知る必要があります。
ライプニッツ、あんたなんやねん!批判ばっかり。と思いきや、次に登場のカントにグサッとやられてしまうらしいです。
思想は時代と共に進化するのでしょう。
とは言え、このライプニッツまではよう出て来ます…、あのほら…あの方…そう「神」。
「神」が出てきたらなんかしらしっかり聞いていた思想もクシャとなってしまいます。
のんびり受けていた哲学の授業も最後にレポート提出があるので、心なしか落ち着かない気がしてきました。
第10回:ライプニッツにおける「正義」の自由意志論(後半)
④モナド的精神の世界
⑤神の存在
⑥神と正義と自由
授業の最後:理解度チェックシート
「自由」と言うもの(事)に対して、自分の力で何とかしたいと誰しも思うのだけれど、その意志に限界を感じて自分を超えたもっと大きなものに身をゆだねる。これが宗教的自由とされる事で、そんなこんなでよろず色んな神(宗教)に入信する方が多いのだな。と思う。
第11回:カントの「メタ的総合」(前半)
①カント的総合(人物紹介)
②カントにおける「認識」
授業の最後:理解度チェックシート
主に、デカルト.ホッブズ.スピノザを批判したライプニッツをカントが批判する。
そのあたりの各自による「自由の捉え方」を学ぶ。
第12回:カントの「メタ的総合」(中半)
③理性と自由意志
④自由意志のアンチノミー
授業の最後:理解度チェックシート
アンチノミーとは、二律背反(にりつはいはん)と訳される。
意味:互いに矛盾しあうふたつの命題の間で判定不能におちいること
第13回:カントの「メタ的総合」(後半)
⑤道徳法則と自由意志
授業の最後:理解度チェックシート
第13回:ヴァン・インワーゲンの帰結論証
①イントロダクション
②主要概念の整理
授業の最後:理解度チェックシート
哲学の授業もあと数えるほどになり、これまでの近代哲学から今日は現代哲学が授業に出る。現代いなると「神」が出て来ないので、私たち日本人にも理解しやすい。
第14回:ヴァン・インワーゲンの帰結論証
③決定論と非決定論
④帰結論証
⑤非決定論下でも自由は無い
授業の最後:理解度チェックシート
リカレント教育の哲学を担当されている山口尚先生の授業も来週で最終となる。
デカルト、ホッブズ、スピノザ、批判として出て来たライプニッズ、そしてまとめてそれらの方々をまとめる形で批判もあるが、いよいよカントが出てきて、話がだんだん現代に近づくほど、解りやすくなるものの、聞いては頭から消え聞いては頭から消え、せっかくの授業をこんなに忘れてはあまりにももったいない気持ちで一杯だ。
とは言え、現代になりヴァン・インワーゲンの話になってからグッと内容が入ってくるようになった。
「哲学」ってなんだろう?知ってみたい。と思う方は是非、山口先生の講義を聞いてみて欲しい。本当に砕いて教えて下さって、哲学者をもっと知りたくなる。
とは言え、そうか!と哲学者の本を読もうなどをうかつに手に取ると大やけどを食らう。
哲学者が書いた本はかなり難しい。いえいえもちろん天才君達は是非手に取って頂きたいのですが、大抵はぎゃふんと言わされる。お金をどぶに捨てるようなものだと思う。
何度か、「やさしい哲学」を手にとっては、とても理解できたとは言えないお粗末な結果だ。
それに比べて要点だけ、大切な部分をさらに砕いて教えて頂けるというこういう機会に出会えた事に感謝している。
あとは、レポートが書けるかどうかが気になるだけだ。
第15回:ヴァン・インワーゲンの帰結論証
⑥<選択>の可能性?
⑦神秘主義
授業の最後:理解度チェックシート
期末レポートの要項について
今日で前期の授業が全て終わった。何だか寂しい気持ちと、来週からは朝早く起きなくても済むので嬉しい。という気持ちがある。毎週 授業の後に楽しんだお茶タイムもしばらくお休みとなるとそれも寂しい。
わたくしが受けた、この哲学の授業は月曜日の1時限目。
もうひとつの倫理学は火曜日の1時眼目。という事で、どちらも6時半起床で乗り切って来た。やれやれである。
選ぶ授業が違う方は、2時限目だったり5時限目だったり。
5時限目のみと言う方もいて、16:20に始まり、17:50に終わる。
ベストは2時限3時限とあり、お茶タイムをして帰るが良いけれど、そんなに都合よく授業は無い。
後期は前期とガラッと変わるので、また新しいスケジュールになる。そして前期に仲良くなった方々とも会えなくなることもある。それを思うと寂しいけれど、興味のない授業を受ける気にもなれないので、ひとりひとりバラバラだ。
今日は、哲学の期末レポートについて詳しく山口先生から説明がある。
山口先生はとてもやさしい方だとつくづく思う。
とにもかくにも学生の気になる所はレポートで良い点を取る事だろう。
わたくしは良い点など取ろうとも思わないが、とにかく何かを書いて出さなくてはならない。良い点で無くても良いが、半年先生に丁寧に教えて頂いたのに、てれんぱれんなレポートを提出するのは失礼にあたる。
期末レポートに関して、どのようなレポートを作成すべきか非常に詳しく教えて下さっていたずらに難しいレポートを要求して、ちゃんと授業を受けたかどうかを選別しようなどとは思っていらっしゃらない。それがちゃんと伝わってくる。
先生に半年間のお礼を込めて、しっかりとレポートを書きたいと思う。



