<後期>ケアの倫理の授業
■ 第1回 導入、ケアの概念史
この授業で何を学ぶのか、授業の全体像を把握します。授業の進め方、成績評価の方法・基準についても確認します。第2回目以降の授業への導入として、ケアの概念史を概観します。
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■ 第2回 寄り添うということ
ケアをする人はケアをされる人に対して何を行っているのでしょうか。もちろん、それは〈ケア〉を行っているわけですが、それだと「ケアをする人はケアをしている」で同語反復です。具体的なケアの中身を考える必要があります。この回は、ケアリングにおいて重要な概念のひとつである「寄り添うこと」について考察します。
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■ 第3回 ケアする人をケアする人/ケアすることとケアされること
ケアリングは、不特定多数の誰かではなく目の前にいる特定の誰かを対象として、つまり1人称と2人称の関係で起こるものだという考えがあります。この〈わたしとあなた〉の関係は、ひっくり返せばあなたがわたしになりわたしがあなたになり、そこにもやはり〈わたしとあなた〉の関係が成り立ちます。このようなケアの特徴にはどのような意味があるのか。ケアすることとケアされること、ケアする人は誰によってケアされるのかといった問題について考察します。また、ヤングケアラーの問題についても考察します。
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■ 第4回 マイノリティ、社会的弱者
人種、性別、性的指向や性自認、あるいは障害の有無といった属性を理由とした差別や偏見が絶えません。こうした差別や偏見の対象とされるのは、たいていの場合、ソーシャルマイノリティ(社会的少数者)であり社会的弱者です。違いを認めること、差別や偏見に対して無関心でいるのではなく関心をもつこと、無意識のうちに私たち自身がマイノリティに対する差別や偏見を維持したり強めたりするのに関与してしまっていることについて考えます。
ケアと無関心、シンボルとケア、選択的夫婦別姓、ミスコン、ルッキズム
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■ 第5回 なぜ被害者を責めるのか?
犯罪、差別、偏見、あるいはハラスメントなどが起こったとき、加害者ではなく被害者を責めるという現象が起こります。「現象」というのは社会で起こっていることをマクロ(巨視的)な視点で眺めた場合の表現ですが、これをミクロ(微視的)な視点で観察するとそこには必ず被害者を責める個々の人間が存在します。そもそも誰かを責めるというのはどういうことなのでしょうか。なぜ私たちは人のことを責めるのでしょうか。この回では、こうした問題の背景にあるものが何なのかを考察し、ケアの倫理の観点からどのようなことが言えるのかを考えます。
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■ 第6回 分断されつつある社会、分断されつつある私たち
資本主義とグローバリゼーションの進展にともなって、社会の中でさまざまな分断と排除が進んでいます。多様性が声高に叫ばれながらも私たちの社会ではますます多様性が損なわれ続けています。例えば現在の知識を基盤とした社会では、ICTを使いこなしマルチタスクに対応できる者ばかりが評価され、そうでない者が活躍できる場は急速に失われつつあります。このようにして活躍の場を奪われた人たちは、今後どのようにして生きていけばよいのでしょうか。私たちの社会で進む分断と排除について、ケアの観点から何が言えるのかを考えます。
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■ 第7回 他者に出会うということ
私たちは共通の言語をもたない他者と出会ったとき、どのようにして意思疎通を図るでしょうか。あるいはどうすれば意思疎通を図ることができるのでしょうか。意識のない患者や家族の思いを私たちはどのように推察するのでしょうか。この回では、他者(他なる者)との出会について考察します。
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■ 第8回 ナラティブ・アプローチ
ケアリングの方法論としてナラティブ・アプローチというものがあります。ケアの対象となる者の語りや物語に焦点を当てたものですが、ナラティブによらない方法との違いは何なのでしょうか。この回では、ナラティブ・アプローチがどのようなものなのかを確認した上で、その意義と課題について学修します。
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■ 第9回 ネオ・ソクラティック・ダイアローグ(1)
ほんらいは数日間、長いときで1週間ほどかけて行なうネオ・ソクラティック・ダイアローグ(NSD)を体験します。NSDの実施に先立って、NSDがどのようなものなのかを確認します。NSDで誰がどのような役割を演じるかは、受講者の数に応じて設定します。まずは問いを立て、その問いに関連する参加者の経験に基づく例を出します。次に、誰の例について話し合うのかをNSDに参加する人たちで決定し、その例について具体的に詳述します。
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■ 第10回 ネオ・ソクラティック・ダイアローグ(2)
前回に引き続き例の詳述を行います。話し合いが進まないときなどには、参加者の求めに応じてメタ・ダイアローグというものを行います。
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■ 第11回 ネオ・ソクラティック・ダイアローグ(3)
最初の問いに対する答えの探求を行います。NSDでは必ずしも答えに到達しないこともあります。答えに到達してもしなくても、NSDで私たちが何を行ってきたのかということについて全員で振り返ります。
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■ 第12回 傷つきやすさ/傷つけること
哲学上の「傷つきやすさ」の概念について考察します。また、私たちが無意識ないし意図せずに誰かを傷つけてしまう問題について考察します。
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■ 第13回 レヴィナスの顔
エマニュエル・レヴィナスによる顔の概念を手掛かりに、私と他者との倫理的な関係、および責任について考察します。
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■ 第14回 ケアリングと教育
倫理学を学んだ者が必ずしも倫理的になるとは限らないように、ケアリングについて学んだ者もケアができるようになるとは限らないのでしょうか。そもそも「徳は教えられるのか」というのは、古代ギリシア時代からある難問のひとつです。この回では、「ケアは教育によってできるようになるものなのか」について考察します。
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■ 第15回 まとめ、全体のふり返り
これまでの授業をふり返り、各回の授業が全体としてどのようにつながっていたのかを確認します。また、成績評価の方法・基準についても再確認します。これまでの授業で十分に理解できなかったことなどを質問する時間もあります。

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